春の足跡



早朝、末娘が、
「母さん。湿疹の痒み治まった?今から歩きに行こう!」
と、誘ってくれました。



道中、可愛い足跡を見つけました。



歩道の水溜りから華屋(屋号)の納屋の入り口まで数メートル続いています。



テンちゃん(猫)…
優雅にシッポを振りながらトコトコとお腹を満たしに帰ってきた姿を想像します。



実に ほほえましい春の足跡です。




携帯電話を不携帯していたので、娘に頼んで撮って貰いました。

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「あらあら、その先の向こうから撮って♡」
と、私が無理難題を言うものですから…
娘はそのしばらく後、
「ご自由にどうぞ」
と、iPhoneを私に手渡しました。



彼女が望んでいるのは、散歩ではなくガチのジョギングなのだと思うのです。



私に連れ添って、思い通りの時間では無かったと思います。
娘はそんな素振りを見せず、真っ直ぐ歩けない私と一緒に歩いてくれました。



マリンパークまで往復40分の楽しい散歩でした。

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心を込めて目の前のことに取り組む

10年後の自分はどうなっているでしょうか ?



生きていたいなー✨。



例えば、10年後はどうなっているのでしょう…と逆算して人生を考えてみました。
具体的なことは望みません。



新たな生きがいや挑戦と言うよりも、目の前のことに心を込めて向き合っていると思います。

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“人の死は、その人が生きている時にどんな生き方をするかによって、寿命が長くもなったり短くもなったりします。寿命の長さはどれだけ自分の心を大事にしてきたかで決まります。”



と、説法で聞いたことがあります。



その折、
自分の心を大事にすることと、如何に生きるか、その心がけが大切なのだと気付かされました。



交通事故にあったとき、
人生は一度しかないことにふれたとき、
今という時間を大事にして生きてゆきたいと思いました。



とかく
これが終わったら、次はこれ…あーこれも…
と、気をもむことが次々とおこりますが、
思い通りに物事が進まなくても、
心を込めて目の前のことをひとつ一つ取り組むことで未来があるのだと思います。



幸せは、心からどんな思いを起こしたかで決まります。



幸せな思いを起こし
家族の為に、自分の為に、心に余裕をもって、心を込めて大事な時間を生きてゆきたいものです。

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実は私、三十路の後半に、幾たびかの交通事故に遭いました。



一年以内に5件とは、信じられない程の当たりの年だったわけです。その度、生きるか死ぬかの経験をしました。



頭、腰、足首の痛み、そして、毎朝起きるたびグルグル舞い続けるめまいと吐き気。時に嘔吐。表現に出来ない苦しみです。



それを隠すように元気に振舞ってはみますが、体が病むと健康的な物事の考えが出来ません。



「私の寿命って、そう長くはないかもしれない。50歳まで生きたら・・・」

とまで思っていました。



「残りの時間、如何に生きるかと言うよりも、如何に死ぬか!子どものために、如何に死ねるか?」

と、よく考えていました。



ところが、人間の治癒力って素晴らしいですね。



もう60歳を超えました。
昨年、家族が還暦を祝ってくれましたよ。

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お手上げ〜〜〜



「メシ!」
と、夫は寝室で寝ている私をお越しにきました。



「煮込みうどんにするね〜。」
昨夜のホルモン鍋の残りがあるので、それにうどんを投入して…と私は考えています。



すると
「焼きうどんを作ってくれ。」
と夫。



そこから始まる私の不調は異常です。



「冷凍うどんを茹でる為に湯を沸かして…
野菜を炒めるときに火に掛けて…
2度もコンロの火を灯すなんて、工程を考えただけでも胸が苦しくなるわー。
疲れるわ。( ´ー`)フゥー...」
と、どれほど嫌なのかゆっくり熱弁する私です。



「もうエエ。何でもエエ。」
と断念する夫。



結局、昼食に煮込みうどんを作りました。



私は工程が楽な食事を作って満足のはずなのに不調です。



お昼寝をしたはずなのに楽になりません。



「お父さん。ワタシおかしいです。手が…足が…口が動きません。頭が回りません。」



すると、夫は、
「大丈夫じゃ!アンタはどれほど嫌なんか、しっかり話せよるぞ!」
と。

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今朝のことです。
下半身の柔らかい部分に湿疹が出ていることに気付きました。



続いて、
一連の家事をしている最中に、これをしてあれをして、さらにそれもと思っただけで頭が真っ白になり手元が動かなくなりました。



1つ仕上げるたびに、これをすれば楽になるぅ。と、思って頑張っていたのですが、
そこに輪をかけるように、
「コーヒー淹れてくれ!」
と、夫の一言でどっと胸が苦しくなって体が動かなくなりました。



結局、段取りを考えて出来たことをひとつひとつ抑えて、どうにか全て消化しましたが、私は確かに混乱していました。



普段ストレートに出来ていたことがあたふたとお手上げ状態になることがあるんです。
お手上げ〜♬って、心が?体がゆうことを効かないのです。

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日頃、
私は、夫の考えを最初から否定することはありません。
間違った考えだと思っても夫を変えることはできないのを承知しています。



なので、まずは夫の言うとおりやってみます。
その方がその後の流れも良い方に変わってくるのです。



なのに、今朝は異例です。



お手上げ〜〜〜。

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思いもよらない余った時間



今日は耳鼻科の定期受診日だったので午前中休暇を取りました。



聴力検査と診察は予想より早く終わり、出社までの 思いもよらない余った時間、“カフェねこのて”に立ち寄りました。



和風モーニングですが、少し早めのランチとして頂きました。



店内の雰囲気も良い感じです。
静かな環境でコーヒーを飲みながらゆったりユルユルの時間を過ごしました。

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令和3年の年末から突発性難聴を患っています。



原因はウイルス感染か、脳梗塞の耳バージョン的な後遺症なのか、それは今となっては解りませんが、何らかの理由で、耳の内耳に炎症を起こし血管が詰まり血流が遮断され、有毛細胞が壊れている状態です。
左耳の聴力は聞き取りづらさが固定され回復は見込めません。



私の耳の1つ目の問題は、聴こえ方に異常があって拾う音がポップ音です。



例えば、大型車の「バックします。ご注意ください。」のアナウンスとピンポン.ピンポン.の注意喚起の音は、無情にも過激に脳内に響きます。



通常の生活音は、聞き慣れた事もあり大体見当がつくようになったのですが、不意打ちは参ってしまいます。



先日などは、仕事中バァンの爆発音に驚き「ナニ?なに?何?」と立ち上がってしまいました。
なんと単なる突然の男性のクシャミだったオチに自分が情けなくなりました。



さらに、雷の音は世紀末の爆音かと思ったほどです。



稀に聞く音もひとつひとつ耳馴れしてくれば過剰に反応することは無くなるだろうと思います。



今日のようなゆったり時間は、救いの神の到来と言っても過言ではありません。



『時間のゆとりは心のゆとり』誠にその通りですね。

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内面を整えていく

高校で学んだことを説明してください。



実務の時間、
「印の乱れは心の乱れ!」
と言う先生の指導のもと、B5のレポート用紙の罫線に沿ってただひたすら押印をし続ける授業を受けたことがあります。



校則は厳しかったようですが、私は何ら不自由を感じることなく、まずは学校のやり方を素直に受け留める生徒でした。



有志で作っている“道”という冊子に何話か投稿してみたり、恩師の歌集のひとつに曲を創作し歌ってみたり、弁論という名の勝手な主張大会の壇上で緊張し震えながら語ったり、ささやかな活動はしてみたものの…



体育祭と言ってもアーチ1つ作らせてくれないし、文化祭と言っても心に響くものに出会わないし、不満が無いと言えば嘘になりますが、燃えるほどの活動は諦めていました。



朝の会に1分間の“黙”と言う学校独自の文化があったことは印象深いのですが、その他は全くと言って良いほど記憶にありません。



何をしてもそつなくこなす ゆるゆるの私が、唯一記憶に残っている授業が上に記したものです。



自分の内面を整えていく。
高校で教わったことはこれに尽きると思います。

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