目指すべき指標

予算編成の取り組みについて書いてください。



内閣府の予算編成は、皆目わかりませんが、
企業に於いては予算編成を立てておくことで、未来を見据えた判断ができ、目指すべきところを可視化する肝心な業務です。



取り組みというと‥‥‥、
決算後直ちに部内会が行われ、判断したり、物事を評価したり、未来予想を立て売上予算や経費予算などの基準となる目印を数で表します。



基準となる目印が目指すべき指標ですが、それを如何に活かすか!
社内メンバーが同じ目標を目指して業務にあたることが理想です。



.

鯛の釜飯



友人Kの誘いで照八へ行ってきました。
照八は約40年ぶりです。昔の佇まいそのまんま。
仕事帰りに職場の仲間と立ち寄ったことが何度かあります。
その頃の照八は割烹料理店として一世風靡をしておりカウンターや和室から料理が作られる様子が見れる事で同僚と飲み交わしながら大将との会話もあり親しみやすい雰囲気でした。



今では照八といえば、お昼の“釜飯”が有名なのだそうです。
そこで、釜飯ランチを頂きました。
ちょっと高級‥お高めです。



ほらほら見てみて♬画像を見てください。
釜飯の中に白い鯛の身が沢山入っています。
あったかくてホクホクして美味しいです♪
茶碗蒸しは、最近食したどちらのお店の物より大きめです。



掘りごたつ式の個室で足を伸ばしてゆったり食しました。



.



友人Kは書道教室を営んでいます。
食事の後、生徒が賞を取った作品を観にあかがねミュージアムの展示会場へ行きました。



嬉しそうに見入る友人と肩を並べて絵画や版画、工作と書道など、小学生の作品を見ました。



「風が吹いているみたい〜♬この子は、こんなに芸術的な文字を書くのね〜。」
と、教え子のいつもの書とは異なる絵画的な『春風』を見ながら讃嘆していました。



学校の授業で書く習字は、時間が限られ騒がしいので集中力に欠けてしまい乱れがちになるそうです。
ですが、「のびのびと心のままに楽しんで書いていることが感じられる」と 友人は心底喜んでいる様子でした。



友人は意図しない生徒の一面をも受けとめる素敵な人です。
「「先生は何歳?」と、目を輝かせ純真に尋ねる生徒にまるちゃんは実年齢言えるぅ〜?」と聞いてくる友人に、ちょっとジェラシーを感じました。
私もまだまだ仕事を楽しみたいな〜と思いました。




.

伊予の早曲がり

意図せずに法律を破ったことはありますか ?

意図せず‥‥

「ありがとう!お先に〜!」って感じではありますが、

子育て真っ最中の頃、気が急いて独自の判断で違法行為をしてしまったことが有ります。

運転中、ダッシュ右折しちゃいました。

交差点を右折するときのこと、信号は青になったにもかかわらず対向車がまだ発進する気配さえも見受けられず、「お先に〜〜〜」と、ダッシュで曲がってしまったのです。

右折した先で、コッチコッチと手招きする警察官‥‥‥。

「これこそが伊予の早曲がり!強引な右折は交通事故を起こしかねない危険行為です。」と、厳しいお顔でキップを頂きました。

「伊予の鼻曲り?」と、私は尋ね返して‥‥。

「違います。早曲がり!」

早曲がり?

鼻曲がり?

へそ曲がり?

なんだか、心が曲がっていて性質が素直じゃないって言われたような気がして、

猛反省しました。

支配欲とか利己的とか、そのような感情とは無縁な面してるのに、(自分で思っているだけ)

私って、勝手な人間だわ!

この身体の中に法を犯す勝手な行動!思い通りにしたい利己的な判断!が眠っているんだわ。自分を律しなければ!

と、しばらく落ち込んだことを思い出しました。

今思えば極端?ですけど‥‥。

反省すべきはそこではないんですけど。

警察官からすれば、突っ込みどころ満載な私です。

違反名は、交差点優先車妨害違反や交差点右左折方法違反となるそうです。

皆様も危険行為はなさいませんように。

.

気まま


ほんのり冷たい外気が程よい感じです。


脚立に腰を掛けようとして…


あらっ😳カマキリさん!


私の御尻で足を痛めるところでしたよ。


昨日はそこのハンガーにいましたね。


何処にでも出没するのね。


気まま加減は、私と同じ。



.



今、洗濯物を干している片手間に脚立に腰掛けて母とLINEのやり取りをしています。



母はスマホを購入し覚えばかりの操作で、平仮名ばかりの たどたどしい文面を私に送ってきます。



さて!
職安の給付申請日なので昼から出掛けます。



気合を入れて、就活をはじめましょう!
気ままで居られるのは今だけかもしれません。

.

息子を溺愛する父と母

ご両親は現在のあなたの年齢のとき、何をされていましたか ?



両親が還暦の頃でございます。



父と母は、彼らなりに一所懸命生きていました。
ひたむきに働き預金残高を増やす喜びと息子を溺愛することに邁進し、自信満々に生きていました。



そして、当時の私は35歳。
母親の愛を求め 父親の曖昧な視線は過去のままならない苦しみを呼び起こし、それらから逃れるように長く両親との間に距離を置いていました。
ですが、子ども(年長児:3人目と4人目が双子)の保育園のお迎えを頼るまでに心が落ち着き長い長い思春期の終息を向かえていました。
私は夫のテゴをしていましたが工事は予期せぬこともあって定まった時間に終わることが難しい時があり、父と母を頼らざるを得なくなったのです。



両親の愛を一心に受けている弟(マルヤ)は、
生計の立て直しを考え第一子が生まれたことを機に両親と同居を始めました。



ある日、母から電話がありました。
「マルヤがまだ帰ってこんのんよぉー。そっちに遊びに行ってる?」
「消えた!靴箱、タンス、食器棚の中が空っぽ!マルヤ達の物が無いんよ!」
「朝は普通だったのに‥‥。私には何の相談もない!」
と、夕刻から夜が深くなるまで再三に渡る母の動揺を聞きました。



3ヶ月の同居の末、弟家族は秘密裏に家を出て行ったのでした。



弟の苦しみは私の耳には入ってきませんでしたが、弟家族は自由を求めて失踪したのでしょう。
両親の干渉し過ぎで、束縛から解放されたかったのでしょう。
母はお嫁さんに無頓着で感情のまま家族を誘導していましたから。
父は母親の感情に同調しそそのかされながら独裁的な振る舞いをし、それ以上に厄介なのは、お嫁さんへの良からぬ思いが見え隠れする視線でした。
弟家族が思いを伝えても何一つ通らなかったことは感じ取れます。



息子が自分のもとから離れた喪失感で悲痛な日々を過ごしたのは束の間で、
居所を知った母は、凝りもせず手料理を持って足繁く弟の住まいへ通っていました。



その後も母は私の意を汲むことはなく
「マルヤがネ〜❤マルヤとネ〜❤マルヤのネ〜❤」
と話し掛けてきます。



母から生まれ今の私があり、両親には心から感謝しています。
お題が出て丸一日、私が感じていることをそのまま書いて良いものか考えていました。
自分の思い通りに快活に生きている母に申し訳なく感じ‥。
いえいえそれより‥‥
私のミエ・マネジメントが働いたのでしょう。



今、私は健全です。飾らない私も私だと確信したから書いています。

.